包丁の音
雪の夜に、友と杯を傾ける。
料理人の包丁遣いがどうも気になった。
ややしてから、気になるのは音のせいだ、と気付く。
料理人が俎板の上で使う包丁の立てる音が、重い。
重く低く、ただし澄んだ、歯切れの良い音をさせている。
長い重い包丁、そして厚い木の俎板、だからなんだろう。
もちろん包丁が良く研がれていることは言うまでもない。
刃が木に吸い付く感触が、まるでこちらの手にも感じられるくらい。
トン。 トン。 トントントントン。トン、トン。
久しぶりに田酒を飲む。後口の綺麗な酒だ。
獺祭や十四代、出羽桜は、甘い酒で、香り華やかで後口も重い。
一方田酒は旨みを感じさせながら、清冽な後味。飲み飽きしない。
(いや、スペックによるのだろうけど…たとえば獺祭の磨き2割3分は
この理想的な味わいに近い。味も香りももっと穏やかで、繊細。)
喜久泉なんかも横目で見ながら、山廃の酒を燗で頼む。
煙草を吸いに店の外へ出たら、寒いこと寒いこと。
戻ってきて、寒いねーなどと言いながら、
顔は顰めるどころか、にやけてしまう。 猪口を空ける。
普段は意識しないが、温かい食事は、本当に人の心を慰める。
冷たい食事ばかり続けていると、心から湯気を欲するようになるのでわかる。
そういう大事なことを忘れないでおきたい。
まあそんなわけで、しばらく怠けていたが包丁を研ぎ、
そのうち木の俎板を買おうと決めた。